東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2112号 決定 1959年4月14日
申請人 株式会社主婦と生活社
被申請人 主婦と生活労働組合
主文
被申請人は、その組合員が、
(イ) 別紙目録記載の建物の一階と四階に滞留すること、
(ロ) 申請人の従業員の出勤時、退勤時に人の通行の妨げとならない限度で同従業員に対し口頭で就労しないように説得すること、
を除いて、同従業員で申請人の営業に従事することを希望する者が、右建物内で申請人の営業に従事することを妨げてはならない。
申請人のその余の申請を却下する。
申請費用は、被申請人の負担とする。
(注、無保証)
理由
一、申請の趣旨
申請人株式会社主婦と生活社(以下会社という。)は、
被申請人主婦と生活労働組合(以下組合という。)の、別紙目録記載の建物(以下社屋という。)に対する占有を解き、会社の委任する東京地方裁判所所属執行吏にその保管を命ずる。
執行吏は、会社に社屋の使用を許さなければならない。
組合は、その組合員もしくは第三者をして社屋内に立入らせ、または非組合員もしくは第三者の社屋への出入を阻止することを含め、会社の業務を妨害する一切の行為をさせてはならない。
執行吏は、前項の命令の趣旨を公示するため、適当の方法をとることができる。
との裁判を求めた。
二、当裁判所の判断
会社は肩書地に本店をおき、月刊誌「主婦と生活」、「トルー・ストーリー」、週刊誌「週刊女性」を発行販売する従業員約一八〇名の株式会社であること、組合は会社の従業員中約九〇名をもつて組織する労働組合であること、会社が社屋を所有し、これを平常の業務遂行の場所としていること、会社が昭和三四年二月五日に発令した従業員一二名の人事異動中、編集局社会部所属の坂内啓子を新設の業務局販売部販売促進課愛読者係に配置転換を命じたことから会社、組合間に紛争がおこり、組合は同月一五日午後四時半から無期限の全面ストライキに入つたこと、会社、組合間に同年三月七日争議協定が結ばれ、同月九日から同月一七日までの間前後六回にわたり団体交渉が行われたが、結局妥結に至らなかつたこと、同年三月一八日早暁会社は組合に対し、当分の間社屋ほか二棟の会社の事業所を閉鎖し、組合および組合員が社屋に立入ることを禁止する旨を通告したこと、現在組合の組合員が社屋の一階と四階とを占拠していることは、いづれも当事者間に争いがない。
また疎明によれば、組合は無期限全面ストライキに入ると同時に社屋全部を占拠し、非組合員や会社業務の関係者の社屋への出入が事実上阻止されるような行動に出たこと、このため会社は、月刊誌、週刊誌の発行、販売という業務に支障を来したこと、会社と組合との間に結ばれた争議協定にもとづき、組合は、同年三月九日から開かれる団体交渉が妥結し、あるいは決裂するまでの間社屋の一階と四階とを暫定的に使用することを会社から認められたが、同月一七日団体交渉が決裂した後も社屋の一階、四階の占拠を続けたこと、同月一八日会社は社屋に赴いて組合に対し、前に判示したようにロック・アウトをする旨を通告すると同時に社屋から組合員を立退かせ、事業所を閉鎖しようとしたが組合員の実力による抵抗にあつてその目的を果すことができず、ただ社屋に事業所を閉鎖する旨を記載した掲示板を取付けたに止まつたこと、組合はその後も社屋正面玄関のシヤッターを半分おろしてピケを張り、ひきつづき一階と四階を占拠していたこと、同月二四日までは組合員が、社屋内へ入ろうとする非組合員を実力で阻止するようなことがあつたが、同月二五日からはそのようなこともなくなり、同月二七日以後は社屋正面玄関のピケも解かれて非組合員が社屋内に出入することができるようになつたこと、その後の組合員による社屋占拠の状況は、昼間は一階に常時三〇名ぐらい、四階の片すみに常時二五、六名ぐらいが坐りこみ、休憩時間に労働歌を合唱する程度のことをしているだけであつて、夜間は一階、四階にそれぞれ一〇名ぐらいが寝泊りしているけれども、非組合員あるいは会社の業務遂行に必要な第三者が、社屋の一階、四階の現に組合員が坐りこんでいる場所以外の部分に立入つて仕事につくことを妨害したりすることはないこと、したがつて会社としては、昼間の業務時間内に、社屋のうち組合員が現に坐りこんでいる場所以外の部分はどこでも、業務のため使おうと思えば使えないわけではない状態にあることを、一応認めることができるのである。
右事実によれば、会社が組合に対し社屋に赴いてロック・アウトをする旨を通告すると共に組合員を立退かせようと試み、その際事業所を閉鎖する旨を記載した掲示板を社屋に取付けたことによつて、ロック・アウトは実施されたものとみるべきである。
ところでロック・アウトは、労働者側に認められた争議行為に対し、使用者側がこれと対等な立場において労働関係についての紛争を有利に解決するため、使用者側に認められた唯一の争議行為であつて、使用者が労務の提供を拒否している労働者を一時的に自分の事業所から閉め出して労務の受領を拒否するものであるから、本件のように組合がすでに全面的なストライキに入り労務の提供を拒否している場合には、これに対する対抗策として、会社は適法にロック・アウトをすることができるものといわなければならない。しかも一たび適法にロツク・アウトが行われた以上、組合が会社の事業所内において行つている坐りこみは、事業所の不法な占拠として許されなくなるもの(ロック・アウトは、労働者が単なる労務不提供をこえて事業所の占拠をともなう坐りこみに対抗する手段として行われるときにこそ、意味があるのであるから、これに対し労働者側にさらに正当な争議行為としての坐りこみを認めることはできないのである。)というべきである。
そうして疎明によれば本件ロック・アウトが、組合の全面的ストライキに対する対抗策として行われた適法なものであることが一応認められる。
そうだとすると、会社は組合に対し、その事業所である社屋を使つて会社の業務を行うため、そのうち一階と四階の組合が占拠する部分について明渡を求めうること(組合の占拠していないその他の部分について明渡を求めることのできないのはもちろんである。)、および社屋で会社の業務を行うについて、これを妨害する者に対してその行為を差し止めうる本案の権利があることは、疎明されたものというべきである。しかしながら、組合の占拠する部分は社屋のうち一階と四階(それも現実に組合員が坐りこんでいるのはその一部分である。)にすぎないので、会社が社屋内で業務を行うために、右部分を今すぐ仮処分によつて明渡を求めなければとうてい業務を行うことができず、たちまち経営が困難になるほどのさし迫つた必要性があることについては、前に一応認定した事実からみて、疎明が充分でない。ただ前に一応認定した事実によると、組合は現在のところ社屋の一階、四階の一部に組合員が坐りこんでいることのほかにこれといつて積極的に会社の業務を妨害する態度には出ていないけれども、三月二四日以前においては会社の業務が事実上妨げられるような行動があつたことから考えて、会社が社屋で業務を行うにあたつて、将来いつまたどのような妨害が行われるかもしれないことは予想されるので、これを仮処分によつてあらかじめ差し止めておく必要性のあることは、疎明があつたもの(もつとも社屋の内外において組合が、出勤時、退勤時に人の通行の妨げとならない限度で会社の従業員に対し口頭で就労しないように説得する程度のことまで禁止しなければならないほどの必要性があるものとは、とうてい疎明されない。)といわなければならない。
三、よつて本件仮処分申請は、主文第一項記載の限度において正当として保証をたてさせないでこれを認容し、その余は失当としてこれを却下することにし、なお申請費用につき民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 石田穰一)
(別紙)
目録
東京都千代田区西神田一丁目三番地の一三
家屋番号同町二二番地
一、鉄筋コンクリート造六階建店舗 一棟
建坪 四四坪
二階 四四坪
三階 四四坪六合
四階 四四坪六合
五階 四四坪
六階 一四坪三合
ただし一階中、組合事務所および西南隅出入口(裏玄関)よりこれに至る通路部分(別紙図面斜線表示の部分)をのぞく。(別紙図面省略) 以上